東京地方裁判所 昭和37年(行)3号 判決 1963年12月25日
原告 小出正己
被告 建設大臣
訴訟代理人 岡本元夫 外五名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、本件土地につき事業決定がないとの点について。
原告は、都市計画事業の決定における起業地の表示については、土地収用法第二〇条の事業の認定に関する同法施行規則第二条様式第五の趣旨に従い、都道府県、郡、市区町村及び字をもつてすべきことを前提に、本件土地収用裁定の基礎となつた昭和三三年三月三一日建設省告示第八三〇号大阪都市計画街路事業決定に、本件土地の町名、字等の記載がないから、本件土地は右事業決定の起業地となつていないと主張する。
しかし、事業決定は、建設大臣が都市構築のため執行すべき事業を定めるもので、起業者に収用権を付与することを直接の目的とする事業認定とは性質を異にし、事業決定における起業地の表示は、当然に事業認定に関する前記規定の定めるところに従わなければならないものと解することはできない。もつとも、事業決定における起業地の表示については、現行法上なんらの規定もないが、そのことから起業地の表示の方法は行政庁の自由に委ねられているものと解するのは相当でなく、事業決定が、そのために土地等の収用を必要とする場合には、土地収用法第二〇条の事業認定とみなされる(都市計画法第一九条、昭和一八年勅令第九四一号都市計画法及同法施行令臨時特例第二条第二項)関係にあることよりして、事業決定における起業地の表示の適否は、事業認定における起業地の表示方法に関する規制及びその趣旨との均衡において、判断さるべきものというべきである。ところで、事業認定は、先に述べたとおり起業者に対し収用権を付与する行為と解すべきではあるが、ここにいう収用権は、特定の具体的な物、権利に対する収用権ではなく、当該事業の遂行に必要な物、権利という一般的、抽象的な収用権であり、従つて、起業地の表示も当該事業の範囲、内容を特定し得るものであれば足り、収用さるべき特定の具体的な物、権利の細部にわたる具体的確定は、事業認定後に行われる土地細目等の公告、土地調書等の作成により順次なされて行くものというべく、このことは、事業認定における起業地の表示に地番の表示が要求されておらず(土地収用法施行規則第二条様式第五備考四)、添付図面も縮尺一〇〇分の一から七〇〇〇分の一程度までのものと定められていること(同規則第三条第二号ロ)、これに対し、土地細目の公告においては、収用すべき土地の地番及び地目と土地所有者及び関係人の住所、氏名の記載が要求され(土地収用法第三二条第一項)、さらに土地調書では、これに加え、土地の地積、関係人の権利の内容を記載し縮尺一〇〇分の一から一〇〇〇分の一程度までの実測平面図を添付すべきものとされていること(同法第三七条第一項、同法施行規則第一四条様式第八)から、明らかである。
そこで、本件の事業決定における起業地の表示の適否について判断するに、成立に争いのない乙第一号証、同第二、第三号証の各一ないし三及び証人中川芳一、同下村善吉の各証言を総合すると、昭和三三年三月三一日建設省告示第八三〇号の本件事業決定には本件土地の町名、字等が起業地として表示されてはいないが、街路名称、街路の起点終点と町名と地番、路線の巾員と延長がそれぞれ記載され、右決定に添付された縮尺五〇〇分の一の図面には町名、地番等の記載はないが、路線上に存する建物、池等の物件及び土地の高低等が表示されており、また右決定にその基礎として引用されている昭和二五年六月五日建設省告示第四三九号大阪都市計画街路の変更決定には、縮尺三〇、〇〇〇分の一による図面が添付されているが、この図面には町名等が記載されており、これらによれば、本件土地が計画街路の路線敷に含まれていることがわかるものと認められ、右図面等によつて街路の位置、範囲等は特定されないとの原告本人尋問の結果は措信しがたく、従つて、すでに述べた事業認定における起業地の表示に関する規定とその趣旨との対比において考えるとき、本件土地に関する事業決定の起業地の表示は、法の要求する程度を充たした表示として欠けるところはなく、本件土地は事業決定に含まれているものというべきであつて、この点の原告の主張は、理由がない。
二、適正な協議がないとの点について。
当事者間に争いのない事実に証人中川芳一の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証の六、いずれも成立に争いのない甲第二号、同第三号証の一、二、同第四号証、乙第四号証の五並びに証人中川芳一の証言及び原告本人尋問の結果を総合すると本件土地の買収の協議の経過は、次のようなものであつたと認められ、右認定に反する証拠はない。
起業者大阪市長は、昭和三二年一〇月頃から本件土地とともに大阪市住吉区長居町東三丁目所在の土地外一筆の土地を合わせてその所有者である原告に買収の申出をしたが、対価について両者の間に大きな隔りがあり、その後原告の希望により、大阪市長は替地の提供を申し出たが、交換比率について、両者の意見が一致せず、昭和三四年六月頃までの間に二〇回以上の交渉があつた。その間大阪市土木局係員が本件土地その他を原告に無断で使用、形質の変更等の挙に出たため、いたずらに原告の感情を害し、協議を一層困難とするようなことがあり、協議担当者が原告に陳謝するようなこともあつたが、大阪市長においても、本件土地等の周辺土地の買収対価の関係もあつて、原告主張額を応することができず、昭和三四年六月にいたり、本件土地以外の二筆の土地については、地下鉄工事のため緊急にその所有権を取得する必要が生じたので、これについて被告に収用裁定を申請したため、本件土地の買収交渉も一時中断された。その後約一年を経過した昭和三五年六月大阪市長より本件土地の買収協議再開の申出をしたが、依然として両者間の主張に大きな違いがあり、大阪市長は、昭和三六年四月四日付書面で、最終的に買収対価を坪当り金一五〇〇〇円と申し出た。右金額は、本件土地に対する三和銀行の鑑定額二二〇〇〇円余より低額ではあつたが、周辺地の買収対価どの比較に基づくものである。右書面に対し、原告より先に大阪市長が替地として提供を申し出た土地をあらためて替地とするよう希望があつたが、大阪市長は、当時すでに右土地が所管換えになつていて、替地として提供できなくなつていたため、原告に対しこの旨を告げ、かつ対価についての合意が得られる形勢になく、しかも協議開始後長年月を経ていたので、被告に収用裁定の申請に及んだ。
以上の事実によれば、協議担当者の責に帰すべきものではないにしても、同じ大阪市の土木局係員の軽率な行動によつて、買収交渉の円満な進行を妨げるような事情のあつたことは認められるが、そのことによつて直ちに、適正な協議がなかつたとはいえずまた土地対価について鑑定評価額以下の申出をしたことも、予算上の制約と周辺土地の買収対価との均衡をも当然考慮すべき大阪市長としては、無理からぬところであつて、結局右買収交渉の期間、経緯等を総合考慮すれば、適正な協議があつたと認めるのが相当であり、この点の原告主張も理由がない。
三、結論
以上の次第で、被告のした本件土地の収用裁定及びこれを維持した訴願裁決には原告主張のような違法の点はなく、その他の点においては、右各処分が適法要件を具備していることについては原告において明らかに争つていないものと認められる本件においては、被告の右各処分は、いずれも適法なものと解すべきであつて、原告の請求はすべて理由がない。
よつて、原告の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用については、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顕)